院内に臨時理容室?!
「めっちゃ嬉しいっすわ」「俺も嬉しいですよ」
和気あいあいとした雰囲気の中、両手で慎重にバリカンを動かしながら髪を刈る患者さん。
この患者さんは理容師です。
病室内の洗面所も、今や臨時の理容室。
やや緊張気味のスタッフと和やかに談笑しながら、患者さんは注意深くバリカンを当てていきます。
仕事にはもう戻れない…?
患者さんは働き盛りの40代。
突然の病気とその後遺症により、利き手が麻痺となりました。
そのため、入院当初は「繊細な手の動作を必要とする仕事だし…もう復職は難しいのでは…」と考えられていました。
しかし、それでもやっぱり復職したいという願いを持つ患者さんを見て、「また仕事が出来るようにしてあげたい」という想いで一丸となった”チーム淀平”。
患者さん本人も交えたチームカンファレンスで、着実にADLを高める訓練を重ねていくと共に、患者さんの状態に合わせたタイムリーな精神的フォローも行うことで、4か月近くに及ぶ長期間の訓練を常に伴走し続けました。
そうして、いよいよ退院も見えてきた頃、患者さんの担当OT(=作業療法士)が
「退院前に、僕の髪、切ってみませんか?」
日常への一歩を踏み出そう
最初は「そんな!無理や…」と少し及び腰だった患者さんも、担当OTやスタッフに後押しされ、やがて切ってみる勇気が出てきました。
いよいよ当日、足元を確かめながら慎重に髪へバリカンを当てていく患者さん。
入院直後は強い麻痺があった利き手も、今では細かい動作も出来るほど滑らかに。
表情はやや緊張しつつも、嬉しそうに、また少し誇らしそうにカットしていきます。
カットを終えた患者さんは、
「退院前に自信が持てて良かった。それに、信頼しているOTさんの髪を切れたのがとても嬉しかった」
その言葉に、患者さんとスタッフとの間に生まれた信頼や絆、そして患者さんが日常へ戻る第一歩を踏み出せた事を感じました。
”働くこと”は、”生きること”
働き盛りの患者さん、一家の大黒柱をである患者さんにとって、病気が治った後も「元の仕事に復帰し、続けていけるかどうか」は重大な関心事です。
たとえ、日常生活に支障がない範囲で回復できたとしても、もう仕事を続けられないのではないか、以前のようなパフォーマンスを出すことは出来ないのではないかという不安は、入院中の患者さんの精神にも大きく影響を与えます。それが、理容師さんのような技術を伴う仕事であればなおさらです。
訓練で手足は動かせるようになったけれど、これで退院しても大丈夫なんだろうか。
出来る事なら、自分がまた元の社会で生きていける自信が欲しい。
退院を前に不安になっている患者さんの気持ちを察し、「自分はもう大丈夫なんだって、自信を持って退院してもらおう」という淀平スタッフの想いが、この「臨時理容室」に繋がりました。
私たちの目指す Re Habilis
誰しも、病気や怪我をしたら、出来る限りその【前】の状態に戻りたいと考えます。
しかし、それはただ日常生活が支障なく出来れば良い、という事ではありません。【前の生活状況】や【前の社会生活】はどうだったかという視点を持って退院時のゴールを考えなければ、退院後の生活が患者さんの思い描いていたものと乖離してしまい、かえってそれが本当の意味での社会復帰を遠ざけてしまう事になってしまいます。
そのため私たちは、患者さんも”チーム淀平”の一人として考え、率直な意見や様々な情報の提供を求めると共に、カンファレンスにも参加してもらう事で、お互いにイメージするゴールにズレがないかを常に確認しています。
そして、日常の訓練を通じたコミュニケーションによって、患者さんとの信頼関係を構築する事をとても大切にしています。患者さんのイメージする退院後の生活とのギャップを埋めるためには、患者さんのナラティブな情報が何よりのヒントであり、その情報は心理的安全性が存在する関係間でしか得られないと考えているからです。
患者さんそれぞれに応じた、Re「再び」Habilis「適した」になるように…。私たちは、患者さんの「これからの人生」を見据えた回復期のリハビリテーションを提供していきます。